あけすけなユーモア、ギャル語、ハロプロ…kemioが築いた“ネット発・クィアアイコン”の地位
kemioといえば、日本のインターネットを代表するクリエイターだ。自分の生活や考えをユーモアあふれる動画や写真を通してシェアし、各種SNSの合計フォロワー数は数百万超。雑誌やテレビなどの出演も多く、様々なメディアで「若者世代のカリスマ」として紹介されている。
だが、日本のネット発クリエイターのなかでも、kemioの立ち位置はひときわ異彩を放っている。
その理由としてはなによりもまず「ゲイであることをオープンにしている」ということがあるだろう。2019年のカミングアウト(注1、2)後、kemioは自身の恋愛事情やクィア(後述)カルチャーに対する関心を包み隠さず発信してきた。
異性愛者ではないことを明らかにしている人気インフルエンサーは世界的にみれば珍しくはないが、日本国内でこれだけの影響力をもちつつ、自分のセクシュアリティについてリアルな面も含め率直に語れる存在というのは他に例が思いつかない。
またkemioの投稿は、日本語圏に軸足を置きながらも、その内容は英語圏の様々なカルチャーの影響をダイレクトに受けたものになっている。本記事ではその表現の特異性、そしてそれがもつ影響について論じていく。
kemioが引用する「クィア/スタンカルチャー」
「クィア」という言葉は、極めて単純に説明すると、「LGBT」というカテゴリーのみでは捉えきれない、非規範的で多様な性のありかた、そしてそれを生きる人々を包括的に指したものだ(注3)。kemioの投稿においては、そのような「クィア」が作り上げてきたカルチャー・言い回し・ジョークなどが積極的に引用されている。
さらにkemioの投稿を特異なものにしているのが、その引用を支えるユーモア・言語センスが多分に英語圏の「スタンカルチャー」的だということである。アメリカのラッパー、エミネムが「狂信的なファン」を指す表現として使った“Stan”という曲名は、転じてポップスターやアイドルの熱烈なファンたちと、その文化を指す用語として定着した。
なにかを「推し」た経験のある人なら、ファン同士が独特な言い回し(「尊い」など)を使ってコミュニケーションしたり、インパクトの強い画像や動画などを切り貼りしてミーム(注4)にしたりする現象を見かけたことがあるだろう。
基本的に英語圏でもそれは同じではあるのだが、そのとき使われる言い回しやジョークはAAVE(アメリカ黒人英語)、そしてクィアカルチャー由来であることが多い。これはスタンカルチャーを作り上げている若者たちがかなりの確率でクィアである、またはそれを支持する立場をとっているということが大きい。スタンカルチャーとクィアカルチャーは、同じものではないが近い距離にある。
kemioの投稿が双方から影響を受けているのは、そのような文化的状況に対し、現代のアメリカに生きる一人のクィアとして敏感に反応したものだと推察できる。
どういうことなのか、実際に動画を見てみよう。
まず0:12~からのOP曲、kemioが度々好んで使っているこのナンバーは『ヘアスプレー』の“Good Morning Baltimore”だ。ゲイであるジョン・ウォーターズ(注5)のカルト映画をミュージカルにした、キャンプな魅力をもつ作品である。
1:42~からのダークなベース音。これはニッキー・ミナージュの“Chi-Raq”のイントロからの引用だ。ニッキーはそもそもクィアなファンからの支持が厚いスターだが、ここでの用法はそれに加えスタンカルチャー発のニュアンスもある。その俗悪さで大人気になったリアリティ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』の、クリス・ジェンナーが銃を持っているシーンにこのフレーズを合わせた有名なミームが存在するのだ(注6)。
ここでのkemioとマイルズの会話が、極めて「クィア」な表現に彩られていることにも注意が必要だ。お互いを「Girl」「Bitch」と呼び合い、あけすけで辛辣なユーモアを交えつつテンポよく語る喋り方。これは黒人・ラテン系をはじめとする人種的マイノリティのクィアコミュニティのなかで培われ、テン年代にSNSとスタンカルチャーを通し若者言葉として広くポピュラー化されたものだ。
kemioの動画はランダムな要素が前後の脈絡を破壊するように突然出てくる、カオスな面白さが大きな魅力の一つだ。だがそれらの引用元をこうやって追っていくと、それらは多くの場合なんらかの意味で「クィア」な感性に基づいていることがわかる。
また、kemioの投稿には英語圏だけではなく、ここ20年の日本のクィアカルチャーの中で人気を博してきた現象も度々登場することにも注目したい。
ハロー!プロジェクトにKPOP、ギャル文化から原宿カルチャーまで──それらが英語圏のクィア/スタンカルチャーと同じ平面上におかれ、混じり合いながら、kemioの世界観を作り上げている。この国家や文化を軽々と越境していく感性があるからこそ、kemioの動画は他のYoutuberと比べた時、明らかに異質な印象を与えるのだ。
様々な文脈や規範を「クィア」なチャネルを通して日々シームレスに越境し続けるkemioの活動は、圧倒的に異性愛中心主義的な日本語圏のインターネットにおいて、比類のない存在感を放っているといえるだろう。最近のkemioの手による字幕が初期の固い直訳調からより話し言葉として自然な「ギャル語」調になってきたことからみるに、今後その活動は言語の垣根を超え、さらに加速していくに違いない。
「規格外」なkemioの可能性
2021年現在、英語圏のポップカルチャーにおいて、「クィア」であることを公にしていたり、そのアライ(支援者)であることを表明したりするスターの数は増える一方だ。当事者ではヘイリー・キヨコ、リナ・サワヤマ、エリオット・ペイジ、インディア・ムーアなど。アライであるスターにはレディ・ガガ、アリアナ・グランデ、テイラー・スウィフトなどがいる。
トランスジェンダーの役者を数多くレギュラーとして起用したテレビドラマ『POSE』の高評価、「クィアのアーティストが独自の世界観を築いてきた」(注7)hyperpopという音楽ジャンルの人気ぶり。クィアとそのカルチャーは、まだ途上ではあるが、かつてないほどの影響力と存在感を獲得しつつある。
kemioの活動もまた、巨視的にみればその流れに連なる現象といえるだろう。もちろん、kemioの動画をみている日本のファンがどこまでその背後にある文脈を理解しているかはわからないし、日本語圏と英語圏で社会状況は異なる。しかし、kemioがクィアな自分の感性を臆することなく表現し、それをファンが受け止めていくことには大きな意味があるのではないだろうか。
前述の通りkemioは自身がゲイであることも、クィアカルチャーに興味があることも全く隠していない。そして、kemioの動画のコメント欄をみるとそれを受け入れ、支持する声が圧倒的に多いのである(注8)。これは驚くべきことだ。
近年、日本においても「LGBT」という言葉が当たり前のようにメディアで飛び交うようになった。しかし、だからといって社会もインターネットもクィアにとって安全な場所になったわけではまるでない。以前と比べて可視化されたことで、それを「発見」した人々による新たなヘイトが誘発されている例もある。依然として、クィアが安全に声を上げられる場所はネットにもリアルにも少ないというのが現状だ。
そんななかで数百万のフォロワーを持つ有名人が、堂々とそのセクシュアリティを開示しながら影響力を拡大しているということは驚異的といっていい。kemioという存在を中心とした空間は、苛烈なヘイトが飛び交う社会の中で、一種のセーフスペースのような存在になりつつあるのではないかと感じる。
そこは当事者には自分の気持ちや感性を率直にシェアできる場として、アライにとっては大文字の「LGBT」イメージを超え、現実の「クィア」な生を生きる人々についての思索を促す場として機能していくのではないだろうか。過剰な期待かもしれないが、kemioの活動にはそのようなポテンシャルがあると信じたい。
ただし(本人が「今」と留保をつけているとはいえ)kemioはシスジェンダーのゲイであり、それゆえの限界もあることは付言しておく必要がある。LGBTQ+の権利運動のなかで、相対的にマジョリティとしての特権を行使しやすいシスのゲイ男性が、あたかも多様なコミュニティ全体を一元的に代表しているかのようにみられてしまうというのは度々指摘されてきたことだ。
kemioの活動が、クィアの中でも特に脆弱な立場に置かれている人々、例えばトランスジェンダーやAce/Aroなどに対しても、インクルーシブなものとして機能していくかどうかはまだわからない。それは本人の姿勢はもちろん、今後のファンダムの動向にもかかっているといえるだろう。
kemioといういろんな意味で「規格外」な存在が、今後どのようなことを成し遂げていくのか。その限りない可能性に期待を寄せつつ、本記事を閉じたい。
注1……「初めてお話しするんだけど、私の恋愛対象は男の人。昔は彼女がいたこともあって、そもそも好きな人の性別を考えたことがあんまりなかった。だって、人を愛することには変わりないから。ちな、今ウチはゲイ。ググったら同性愛者って出てきた!女性になりたいと思ったことは、ちな、ない。」
kemio. ウチら棺桶まで永遠のランウェイ (角川文庫) (Kindle の位置№819–822). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版
注2……https://twitter.com/mmkemio/status/1122307640111927299
注3……あくまで簡易的な説明であることに注意。より詳しくは森山至貴『LGBTを読みとく―クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書)などを参照されたい。
注4……複製されながら広まっていく、いわゆる「テンプレネタ」のこと。
注5……アメリカの映画監督・アーティスト。ドラァグ・クイーンであるディヴァインと組んだ数々のカルト映画で有名。
注6……https://www.youtube.com/watch?v=zcimvLIqcuc
注7……パンデミック下に狂い咲く、破壊と越境の音楽「hyperpop」とは何か?https://note.com/namahoge_f/n/nb757230fd013
注8……本人が度々言及しているように、悪質なコメントがないわけではない。
執筆=セメントTHING