「ポリコレ」を巡って”分断”が進むゲーム界隈の中で、Apexが特別な理由【本日Switch版配信】

Unsplashより

少し前、あるtwitterユーザーの「合コンで使えるApex用語」という投稿がゲームApex Legends(以下、Apex)の日本のファンコミュニティを中心に大きな話題となった。

現在は該当のツイートは削除されているため詳しくは触れないが、Apexにおける用語を”隠語”として活用し、飲み屋での光景や行為を相手の女性にバレないように共有しようという内容である。それはいわゆる「飲み会あるある」的なものだったが、一部の項目に「女性を泥酔させて、性行為に持ち込もうとする」ような内容が存在していたことで、該当ツイートには多くの批判意見も寄せられていた。

こういった議論が生じた際によく出てくるのは「あくまでジョークであって、別に本気で言っているわけではない」という反応である。実際にこのツイートについても同様の擁護意見を多く確認することが出来た。

正直なところ、このような光景は(Apexに限らず)様々なファンコミュニティにおいて決して珍しいものではなく、特にコンテンツ製作者側が対応することなく時の流れと共に忘れ去られるケースも非常に多い。だが、今回の場合はとある人物の登場によって、その流れに明確な終止符が打たれた。

Apexの開発者であり、リードデザイナーを務めるChin Xiang Chong氏が、該当のツイートに対する引用リツイートで「やめてください。弊社にとっても迷惑です。」というメッセージを投稿したのである。最終的に投稿者は謝罪し、ツイートを削除するに至っている。

『Apex Legends』とジェンダー・バランス

『Apex Legends』は、アメリカ・ロサンゼルスに本社を構えるRespawn Entertainmentによって開発されている基本プレイ無料のオンライン・ゲームである。

ジャンルとしてはいわゆるFPS(ファースト・パーソン・シューター。一人称視点のシューティングゲーム)で、最大60人という大人数で同じフィールドに飛び降り、最後まで撃たれ死ぬことなく生き延びれば勝利という、最近流行の「バトルロイヤル」タイプの作品である。類似のタイトルとしては、『PlayerUnknown’s Battlegrounds』(通称『PUBG』)や『Fortnite』が挙げられるだろう。

上記のタイトルとの大きな違いは、「必ず2人または3人のチームで戦う必要がある」、そして「固有の能力を持つキャラクターを選択して戦う」という点にある。特に後者におけるキャラクターたち、通称「レジェンド」はApexを象徴する存在となっており、日々、世界中のファンがお気に入りのレジェンドのファンアートを投稿している。

そして、本作の特徴として挙げられるのが、このレジェンドの描き方における多様性への意識である。本稿ではその中でもジェンダーに対する姿勢を取り上げたい。

まずは、現在16名からなるレジェンドのジェンダー比率を見てみると、男性キャラ : 8名(うち2名はロボット) / 女性キャラ : 7名 / ノンバイナリー : 1名と、極端に偏ることのないバランスとなっている(あくまで数字上のこととはいえ、前提として重要なポイントだ)。

そして、レジェンドのジェンダー表現についても、「らしさ」を強調するような描写は少なく、むしろ、ステレオタイプを否定するかのように、部隊を率いるリーダー的存在の女性キャラ(バンガロール)もいれば、時折精神的な不安を口に出してしまう男性キャラ(ミラージュ)も存在する。男性キャラが極端なマッチョイズムに走ることもなければ、女性キャラに男性目線の性的消費を感じさせるデザインや表現が割り当てられることもない。

バンガロール(『Apex Legends』公式サイトより)

また、セクシャリティには多様性があり、ジェンダーも男性と女性に単純に二分されるものではない。それを体現するかのように、現時点でApexにはジブラルタル(ゲイセクシュアル)、ブラッドハウンド(ノンバイナリー)、ローバ(バイセクシュアル)、ヒューズ(パンセクシュアル)、ミラージュ(設定として明言されていないものの、ゲーム内の物語にてクエスチョニングであることが示唆されている)という4名(+1名)のクィアなレジェンドが存在している※1。

そのクィア性の描き方についても、ステレオタイプを強調したり、あるいは(一部のエンターテイメント作品で見られるように)物語を演出する材料としてクィアであることが利用されることもなく、あくまで作中に自然に馴染んでいる。

筆者としては、この「自然に馴染んでいる」という描き方こそが『Apex Legends』の重要なポイントであると考えている。何故なら、それ自体が現代のゲーミング・コミュニティにおける課題でもあるからだ。

「ポリコレ」巡るゲームコミュニティの断絶

白人 / 男性 / アメリカ国民 / シスジェンダー / ヘテロセクシュアル / etc..といった単一的な規範を是正する「ポリティカル・コレクトネス」の動きはエンターテイメント全般に影響を与え、これまでマイノリティとして扱われてきた様々な人々に対して目が向けられるようになった。

一方で、これまでの規範に馴染んでいた人々にとっては、当然、この動きは居心地の悪いものになる。特にゲーミング・コミュニティでは長らく「プレイヤーの大半は男性」という先入観が強く、ゲームを開発する企業側においても同様の認識が根付いていたことから、その反動も非常に大きい。

フェミニズムやリベラリズム、あるいはそれらを推進するメディアに対する反発は強く、2014年には「ゲーマーゲート論争」と呼ばれる大規模な騒動が起きており、そこで起きた断絶は(日本を含め)間違いなく今のコミュニティ全体に大きな影響を与えている※2。

昨年、(良い意味でも悪い意味でも)最も注目されたタイトルは間違いなくNaughty Dog社が手掛けた『The Last of Us Part II』だろう。

2013年に発売された前作『The Last of Us』は主人公である中年男性ジョエルと、10代の少女エリーによるゾンビが蔓延したポスト・アポカリプスの世界でのサバイバル劇を描いた作品であり、「極限状態だからこそ描ける(擬似)親子の重厚なヒューマンドラマ」が世界的な称賛を受け、今なお「現代のビデオゲームにおける最高峰の作品」として確固たる評価を獲得している。

だが、その待望の続編として発売され、主人公がジョエルからエリーに交代した同作では、ストーリーにおけるジョエルの扱われ方が変化したことや、クィアなキャラクターが多く登場したことに「裏切られた」と感じたプレイヤーが多く、その情報自体に否定的な感情を抱いた非プレイヤーを巻き込んでかつてないほど大量の抗議が寄せられる事態となった

だが、一方で同作は世界中のメディアから称賛を受けており、ビデオゲームにおける最大のアワードであるThe Game Awardsで最も栄誉ある賞である”Game of the Year”を受賞している。まさに、同作は現代のゲーミング・コミュニティにおける断絶を象徴する作品だったと言えるだろう。

『Apex 』の開発者とファンの信頼関係

この混乱する過渡期の中で、2019年に登場した『Apex Legends』は(少なくとも筆者としては)希望を抱くことが出来る貴重な作品だと感じている。理由は2つあり、過去の作品の呪縛や価値観に囚われることなくゼロから新たなコミュニティを築くことが出来るタイトルであること、そして、コミュニティと開発者側の距離が近いことだ。

1つ目については、現時点で最も新しく追加されたレジェンドであるヒューズがパンセクシュアルであるという設定が明らかになった際にも、特に目立つような抗議運動が起こらなかったことから感じることが出来る。

ヒューズ(『Apex Legends』公式サイトより)

サービス開始時点でジブラルタルとブラッドハウンドのようなクィアなレジェンドが存在し、ジェンダー・バランスに対する姿勢を保ちながら2年という歳月を過ごしたことで、コミュニティの多くは本作の姿勢を自然なものとして受け入れるようになっていった(当然だが、冒頭のツイートのように例外はある)。

2つ目の開発者とコミュニティの関係性については、そんなコミュニティの基盤を強化する上での重要な要素となっていると言えるだろう。

本作を作り上げたは開発者たち、他のタイトルではなかなか見ることのない頻度で、redditやtwitterなどを中心に積極的にプレイヤーと交流している。トピックは様々で、レジェンドの設定にまつわる質問に答えることもあれば、ゲームバランスについての議論に直接参加して開発側の考えを共有したり、ファンアートやプレイ動画に反応することもある。時には現状の問題をどのように解決すべきか、プレイヤーにアイディアを求めるような場面すらある

実は前述のレジェンドのセクシャリティについても、設定を見て疑問を抱いたプレイヤーの質問への回答として明らかになるケースが多かったりする。冒頭で登場したChin Xiang Chong氏も、普段はファンアートやプレイ動画を紹介したり、リプライで直接交流したりと、コミュニティと積極的に関わってきた人物である。

このような取り組みは、前述のようなゲーミング・コミュニティの特性を踏まえると極めてリスキーな選択でもある。プレイヤー側からの攻撃的なメッセージを受け取る可能性が高く、日々送られるであろう様々な要望を全て実現することも不可能だからだ。実際、コミュニティの存在が時には負担になることもあると、開発者自らが本音を漏らす場面もあった

だが、この取り組みのおかげで、少なくとも開発者とコミュニティの双方が「意見を聞いてもらえるのではないか」という感覚を共有することが出来ている。冒頭のツイートに関しても、「直接伝えることで、モラルを見直してくれるのではないか」という相手への期待が前提に無ければ、メッセージを発信することも無かっただろう。

『Apex Legends』は単純にゲームとして面白いだけではなく、開発者とコミュニティの双方が協力しながら、混沌の中で何とか前に進もうとしている存在でもあるのだ。

Switch版の登場…急激なファン拡大を控えた『Apex』の未来

既に国内でも多くの人気を獲得している『Apex Legends』だが、間もなく本作は大きな転換期を迎えようとしている。3月10日より、Nintendo Switch版の配信がスタートするのだ(現在はPlayStation / Xbox / PCでプレイ可能)。

世界中で大きなシェアを獲得しているSwitch版の登場は、本作に初めて触れるプレイヤーが急増し、コミュニティの規模や構造全体がこれまでにないほど大きく変容することを意味している。

それは、ただプレイヤー人口が拡大するだけではない。Switchは比較的若年層からの支持が厚いゲーム機であり、「基本プレイ無料」という敷居の低さも相まって、これまで以上に小・中学生をも含む非常に若い層が多く参加する可能性が高いのである。

筆者個人としては、『Apex Legends』のような多様性を積極的に採り入れたゲームについて、これから価値観が育つ段階から触れることに対しては、ある程度ポジティブなことだと考えている※3。

だが、冒頭の件が象徴する通り、必ずしもタイトルに付随するコミュニティが成熟しているとは限らない。懸念されるのは、例えば本作のレジェンドを揶揄するような表現が蔓延したり、あるいは他のプレイヤーに対するリスペクトを欠いたような言動が「よくある光景」として定着することである。

それを防ぐのは、開発者側ではなく既存のコミュニティの一人ひとりだ。本作における開発者側の姿勢について、今度はいかにプレイヤー側が引き継ぐことが出来るかが問われることになるだろう。

また、Respawn Entertainment自体も決して成熟した存在ではない。本作は、前述の通り強く「多様性」を意識した作品であり、各レジェンドには様々な人種・国籍のルーツが与えられ、レジェンドの個性を表現するための要素として衣装や話し方などに反映されている。その設定はなかなか他のタイトルでは見られないほど幅広く、かつおおむね効果的に機能している(筆者のお気に入りは、北欧神話の影響を色濃く感じさせるブラッドハウンドだ)。

だが、時にはその表現がステレオタイプを強調する方向に向かっているように感じられたり、開発者側の認識の浅さが露呈する危うさを見せる場面もあり、過去にはプレイヤーのからの指摘を受けて一部要素が削除されることもあった

つい最近も韓国人としてのルーツを持つクリプトの新しいスキン(購入などによって入手出来る、キャラクターごとに用意された衣装のようなもの)について、文化の盗用(ドレッドヘア)やアジア人のステレオタイプの強調(フー・マンチューを彷彿とさせる髭など)なのではないかという批判の対象となっている

これについても、開発者を遥かに超えた多様性を誇るコミュニティ側から積極的に問題点を指摘し、是正していくという動きが重要になってくる。

少なくとも今のところは開発者とコミュニティ双方がお互いに意見を交わしながら前進している『Apex Legends』は、多様性を推進し、新たな基準として定着させることが出来る可能性を大きく感じさせるタイトルである。

ゲームコミュニティはまだ混沌としており、断絶も根深いが、ここには少なくとも現状を打破するための多くのポジティブな材料が揃っているのだ。だからこそ、筆者個人としてはこの「場所」に強い希望を抱いている。

※1…セクシャリティが公表されているのがこれらのレジェンドであるというだけで、他のレジェンドがヘテロセクシュアルと断定されているわけではない。

※3…ゲーマーゲート論争を取り上げた日本語記事に「アメリカの反リベラル運動に『ゲーム』が利用されていることの意味」(現代ビジネス)などがある。

※2…勿論「銃で殺し合う」というゲーム性自体に伴うネガティブな影響は考えられ、実際に『Apex Legends』はCERO:D(17才以上対象)というレーティングが設けられたタイトルである。とはいえ、それは現在若年層を中心に爆発的な人気を誇る『Fortnite』(CERO:C(15才以上対象))についても概ね同様であり、筆者個人としては、「レーティングは守った方が良いが、それに満たない年齢のプレイヤーが本作に触れること自体は避けられない」ため、その前提で議論した方が良いという考えである。

執筆=ノイ村

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Written by Sisterlee(シスターリー)

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