「丁寧で個人的な政治」の話を…私が 政治を日常に取り戻す手帳を始めたワケ

筆者の手帳より

コロナ禍での東京五輪は開催され、2021年も終わりが見えてきた9月末。メディアは「総裁選」の話で持ちきりだ。

それを見る有権者たちは、「次の政権も自民党が取るだろう」「ならば総裁選トップの人間が次の総理大臣だろう」と、遠くの山でもみているような雰囲気だ。

そんな中、2021年の私は自分の趣味でもある「手帳」で「政治」の話ができないか模索していた。今回はその理由、数ヶ月間の試行錯誤について話そうと思う。

手帳コミュニティとは

この記事において「手帳コミュニティ」とは、食べ物、趣味、子育てなど個人の日常を記録した「手帳をSNSに投稿する」コミュニティのことだ。

例えばInstagramで「手帳デコ」「手帳術」「手帳好きさんと繋がりたい」などのハッシュ タグ検索をすると、シールやマステでページを飾ったり、イラストを描いたり、綺麗に撮影したり「SNS映え」な投稿をするアカウントが人気を集めている。

手帳コミュニティの雰囲気

手帳コミュニティは「丁寧で個人的なこと」をとても大切にしている。

多忙な日々にあえて「手帳時間」を挟み、日記をつけ、今後の予定や、気持ちを整理するのが一般的だ。「貯金したい」「転職のために資格を取りたい」など、手帳を活用して目標達成を目指す人もいる。

自分だけの日常を大切にし、小さな幸せを見逃さず、記録することが、「丁寧で個人的なこと」……というのがコミュニティの雰囲気だ。

しかし、この雰囲気が、私には少し歪んで見えることがある。

手帳コミュニティでは、「企業」「行政」「政治」などが関わる社会問題にほとんど触れない。タブー視しているとさえ思う。

コミュニティにとって、「社会に対する批判」は「丁寧で個人的じゃないこと」なんだろうか。

確かに、手帳に書き込む行為は安らぎの側面が強いし、そこに社会問題や批判が加わるのは 気が引ける人もいるだろう。

しかし、社会問題は私達の生活に直結していて、けっして雑に扱えないことだ。 「丁寧で個人的じゃないこと」としてタブー化して良いのだろうか。 そんな思いが少しずつ膨らんでいった。

「丁寧で個人的」空気を売る企業

「丁寧で個人的じゃないこと」には触れない、というコミュニティの雰囲気は、「手帳を売る側」である企業が率先して作っているのでは、と人気手帳ブランドや手帳関連の書籍に触れて感じた。

「ほぼ日手帳」は、関連グッズが豊富な定番ブランドで、手帳コミュニティでもほぼ日ユーザーが多い。

ほぼ日手帳制作にはコピーライターとして有名な糸井重里氏が関わっている。

彼がブログやSNSで発する言葉やライフスタイルは穏やかで、素朴そうで、多くの人が惹きつけられる。まさに「丁寧で個人的な人」という印象が強い。

手帳コミュニティにも、彼の考え方に影響を受けている人はいるだろう。 しかし、彼は手帳コミュニティ同様、またはそれ以上に 「丁寧で個人的じゃないこと」=「社会に対して怒ること」を嫌う人だと私は考えている。

「わかったことがある。

新型コロナウイルスのことばかり聞いているのがつらいのではなかった。

ずっと、誰かが誰かを責め立てている。これを感じるのがつらいのだ。」

「コロナ禍」に関して糸井重里氏が書き込んだことのひとつ。

その後上記を引用する形で

責めるな。じぶんのことをしろ。

と続けた。

一連の書き込みについて、彼自身が説明しているインタビューがあるので、そちらも貼っておく。

インタビュー上で「政治に関する言葉ではなかった」と説明しているが、「誰かが誰かを責める」という言葉には、「個人(庶民)が社会(責任ある立場の人物、企業、行政、政治)を責める」という意味が隠されているとも読めるのではないか。

丁寧で個人的な「手帳術」本

芸能人やインフルエンサー達が「どんなふうに手帳を使いこなしているか」を紹介する「手帳術」本がある。

ただ、どの書籍も「丁寧で個人的じゃないこと」に触れた手帳は紹介しない。

「手帳の使い方」だけでなく、「手帳を使ったお金の貯め方」「夢の叶え方」「キャリアアッ プ」の仕方などのハウツー本もある。

しかし、手帳を使った「お金の貯め方」「キャリアアップの仕方」を「丁寧で個人的なこと」 に回収するのは違和感がある。

人々が「お金がない」「キャリアに悩む」時、そこには収入や雇用条件などの社会問題が関係している。

「社会問題」を「丁寧で個人的じゃないこと」として、言及しない雰囲気作りに加担している側が、「丁寧で個人的なことで解決しよう」というのは、社会問題を「自己責任」にすり 替えられている気がしてならない。

そう悩んでいた当時は2021年の5月であった。緊急事態宣言が延長決定だが、東京五輪は開催するという政府の方針に矛盾と不安、危険を感じていた。

手帳に「丁寧で個人的なこと」を綴るのは、世の中が苦しくて不安な分、「それでも生活の喜びを見出そう」という願いかもしれない、「不幸な出来事に負けるか」という抵抗なのかもしれない。

しかし、書き込める幸せがどんどん減っていったら? ある日突然手帳時間も取れないほど追い詰められてしまったら?

そんな不安や憤りを無視して、私達は「丁寧で個人的なこと」だけを書き続けなきゃいけないのか?

今こそ、「社会を批判する」ことを「丁寧で個人的なこと」として捉え、私達の日常に政治を取り戻さなければ。

試行錯誤した期間

まず初めに、「手帳で政治の話をする」というハッシュタグを作って、政治に対する自分の 意見を手帳に書き込んだ。

手帳コミュニティからは無反応だったが、複数回投稿を続けていくうちに賛同してくれる 人々が現れた。

喜んだのも束の間、「ハッシュタグが広まったら危険だ」と、この試みの失敗を痛感することになる。 なぜなら、以下の問題にすぐ気がついたからだ。

①参加者の「差別」を制御できない

手帳コミュニティにも現政権に対して肯定的な人もいれば、否定的な人もいる。しかし、発信内容がマイノリティに対する「差別」にあたる場合、タグ発足者として対処しなければいけない。

しかし「差別的な発信」が処理できる範囲を超えていたら「差別が横行するハッシュタグ」 としてSNSに残ってしまうだけでなく、多くのマイノリティを傷つけてしまう。

②差別発言をしている参加者を検索できない

このハッシュタグでは「政治について手帳に書き込んで写真にアップする」ので、キーワードを検索ができないし、探すのが非常に困難だ。

誰でも参加できるようにと、タグ名と趣旨を曖昧にしていては、いずれは上記のようなこと が起こってしまうだろう。

広まってからでは遅いと感じた私は、タグを拡散することを諦めた。

簡単で個人的な取り組みに

今回シスターリーさんから記事のお話をいただいて、「手帳で政治の話をする」のリベンジ をすることにした。

しかし、手帳コミュニティでタブー視されていた「政治」を話題にする、なおかつその試みに、SNSで発信する「責任」を伴わせるのは、取り組みとして難しい。

よって、SNS公開は強制せず、「手帳」と「政治」を組み合わせる、ハッシュタグも設けない。そんなシンプルな提案を、この場を借りて行いたいと思う。

「どこでも売ってる週間レフトで、2~3行、政治について言及する」 基本ルールはこれだけ。政治が日常と密接になることが目的なので、継続することを最優先 にした。

色味をこだわったりシールで工夫をすれば、内容もわかりやすくなる。

実際に私が記録している「政治を日常に取り戻す」手帳だ。

週末に余裕があるときは右のページを使って特に気になるトピックを調べている。

何も書いていない日もある。疲れているから、忙しかったから、それでもいいのだ。余裕の ある日にまた、手帳に戻ってきて政治の話をすることが大切だから。

手帳に初めて触れる人も、ぜひこの秋、取り組んでみて欲しい。

手帳選びは楽しいし、毎日のニュースを書くだけでも、ページが埋まっていく充実感がある。

手帳好きだからこそできること

今回は、手帳コミュニティに限った話をしたが、 実際は、日常会話で政治や社会問題に言及するのも避けられがちだ。 ニュースが話題に上がっても、踏み込んだ話や自分の意見を話すと、「意識が高い人」「思想が強い人」として引かれてしまう。

これまで、自分がどう思っているか、どんなことに関心があるか、正直に言える場として手帳は機能してきた。

だからこそ、手帳程「丁寧で個人的な政治の話」ができる場は存在しないのではないか。 今私は、手帳で政治の話をしようよ、と手帳コミュニティに提案している。

なぜなら、日常に政治を取り戻し、社会を見張る必要がある時、日常を大切にして小さなことでも見逃さず記録し続ける、手帳コミュニティの人々は心強い味方になるからだ。

また、 最近手帳と並行して「付箋に政治のニュースを書き留める」取り組みを始めた。

付箋に走り書きして好きなところに貼っておけば良いので、手帳と並行して使えば、記録し忘れた箇所を後から埋めることができる。手帳ではハードルが高い人もチャレンジできる。

手帳でも付箋でも、他のやり方でもぜひ試して、自分なりの「政治との関わり方」を見つけて欲しい。

▼筆者の付箋専用のインスタグラム

https://www.instagram.com/sticky_politics/

筆者instagram(sticky_politics)より

執筆=朝野おやつ

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