格ゲー原作映画に感じるアジアンリプレゼンテーション――“私たちの『モータルコンバット』

Unsplashより

※この記事は映画モータルコンバット(2021)のネタバレを含みます。

2021年の6月後半、映画『モータルコンバット(2021)』(以降モータルコンバットと表記する)が日本でも封切られた。この映画は、上映期間が短かったりゴア描写がしっかりある為R15指定だったりという状況の中で一部に熱狂的なファンを作りつつある。私もその熱狂の渦の中にいる1人であり、なぜここまでこの映画に入れ込んでいるのかを少し話してみたい。

『モータルコンバット』は、アメリカで発売された同名のゲームが原作の映画である。初期からゴア描写が売りであった格闘ゲームで、現在11作目まで発売されたシリーズは累計7300万本以上を販売し(※1)過去にも何度か映像化されているという非常に人気のあるタイトルだ。ただ日本では初期作を除いてローカライズされていない。

アメリカではやはり人気があるらしく、4月23日に公開された映画は週末の興行収入ランキング1位を獲得しており(※2)更にはHBO Maxでのプレミアの視聴数は380万世帯というすごい数字も出している(※3)。

ただこの辺りは私も視聴後に知った情報で、当初は「真田広之がすごくかっこよく撮られておりルディ・リン君というすごい可愛い子が出ており浅野忠信の目がすごい光ってる(どういうことなのよ)」という情報だけ掴んでふらっと観に行っただけだった。そして派手にすっ転ぶ時は大抵油断している時と相場が決まっている。

初回視聴時の所感としては、「全体としてはツッコミどころはあるものの意外と丁寧に誠実に作られているな~あとリュウ・カン!!!!!クン・ラオ!?!?!?!?」という感じだった(この2人はすっっっごいヤバかったのでぜひ観てみてほしい)。

とにかく視聴時は作品の世界にのめり込んで楽しく観ていたのだが、後からその楽しさを解体していった時、私は過去に受けていた傷口に気付いたこととリプレゼンテーションされる喜びとで比喩ではなく何度も泣くことになる。

映画はまず400年前の日本、真田さんの登場する非常にシリアスなオープニングシークエンスから始まる。ここで既にネイティブの日本語が話されていること、日本語と中国語にそれぞれ何語か併記した上での英語字幕がついていることに驚く。そして日本家屋もそれほど不自然ではない(地形は日本の里山とは違うのだが流石にそれは致し方ないかと思う)。

ここでもう大分びっくりしていたのだが、そのままシーンは痺れるような殺陣に移っていく。こっれは確かに真田さんむちゃくちゃかっこいいわ……とうっとりしていたら目が光っている浅野忠信が登場し、かっこいいタイトルバックへ。

えっ、話に聞いてたようなトンチキ感なくない?と思っているところに、唐突に魔界とモータルコンバットの説明が4行で差し込まれる。

…………まかい?????

ここで一気に感情が迷子になったところで、舞台は唐突に現代に移り、本編が始まっていく。

ざっくりとしたストーリーは、モータルコンバットという闘技会が地球対魔界で開催されており、そこで10回負けると地球は魔界に支配されるが既に地球は9回負けた状態で、次勝たないとやばいからメンバーを集めて修行してたら魔界側がちょっかいかけてきて……みたいな内容だ。

そこに冒頭の真田さんの役の血筋の話が絡んでくる。ただぶっちゃけ話の流れはよく分からなくても特に問題はないと思う。

アジア人へのリプレゼンテーションの威力

『モータルコンバット』を見終わって驚くのが、今回の映画、メインキャラクターの多くがアジア人であるということだ。まず主役がアジア系であり、映画が大プッシュしているメインキャラ2人もアジア人だし地球と魔界それぞれの偉い人(人?)もアジア人だし主人公を鍛える二人組の先駆者もアジア人だ。

更に黒人のキャラも地球魔界両方にいるがメインキャラで白人(と分かる)キャラは2人しかいない。それどころか多くのハリウッド映画と違い、アジア人の周りを白人が固めているように見える。

更に日本出身の役者が日本由来のキャラを演じ、中国にルーツを持つ役者が中国由来のキャラを演じている。役者が元々話せる言語じゃない言語を話すメインキャラはビ・ハンしかいない(ただ演じるジョー・タスリムはも幼い頃母親が北京語を喋っていたのを聞いていたので(※4)全くの非ネイティブというわけではないと思う)。中国ルーツのキャラと日本ルーツのキャラの文化的背景が作中で混同されることもなかった。

そして何よりも全てのメインキャラが全員魅力的に描かれているのだ。真田さんや彼と相対するキャラはセットで激推しされててめちゃくちゃ美しくかっこよく撮られているし、他のアジア人のキャラも黒人のキャラも白人のキャラも女性キャラも男性キャラも本当に魅力に溢れている。

近年、人種の話に限らず、様々なマイノリティにとって作品の中で自分の属性のキャラクターが描かれることが重要なんだ、という流れが出来てきていると思う。私もその重要性は頭の中では理解していたつもりだった。

ただ、私は今現在日本で暮らす(私が知り得る限りは)日本にルーツを持つ日本人であり、そういう意味では日本の中ではマジョリティだ。だからこそアジア人の描写がこれほど切実に自身に響いてくるとは想像していなかった。

それでもモータルコンバットを観た今、いかに欧米の作品で私たちアジア人が蔑ろにされていたかに気付いてしまったし、いかに私たちがそれに慣らされていたかに気付いてしまった。いわんや生まれた国を離れ移民1世2世……として生きるアジアにルーツを持つ人たちにとって、この喜びはどれほどだっただろう。

更には2007年から2019年までのハリウッド映画で、アジア人と太平洋諸島の俳優でセリフがある役はたったの5.9%だったという調べもある(※5)。それも併せて考えるとモータルコンバットの成したことは決して小さくないと思う。

マイノリティ描写において、当事者が歓迎できるような描き方をするということは、正確に描かれていることと同じくらい重要なんじゃないかと最近思うようになった。

だってマイノリティもマジョリティと同じように作品を見てるのだ。それなのに、マイノリティの事を描いていながらマイノリティの方を向いていないように思える描写はそこここに溢れており、これって結局マイノリティを「使って」話を作っているに過ぎないのでは?と考えるようになったからだ。

そういう意味でも、『モータルコンバット』に出てくるアジア人は魅力に溢れていた。ねえ、こんなに、こんなふうに、こんなに魅力的にアジア人が描かれているなんて! しかもアジア人のキャラクターは1人じゃないんだよ!

私は今作を観るまで、こんな映画が存在できるということをほとんど想像すらしていなかったことに気付いた。『クレイジーリッチアジアンズ』も『ミナリ』も『フェアウェル』も、アメリカで製作され最初からアジア人を描くために作られた、アジア人コミュニティの物語だ。

でもそれだけじゃ物足りなかったんだ。私たちアジア人から見ておかしくないアジア描写で、かっこよくて美しくて血の通った魅力的なアジア人が描かれるということが、どれだけ嬉しいことなのか分かっていなかった。

それと同時に、アジアそれぞれの文化の区別がついていない描写が出てくるたびに、でたらめな日本家屋や和服や日本語が出るたびに、私は本当は傷ついていたし怒っていたし更には怒ることを諦めていたんだということに気が付いてしまった。

蔑ろにされなかったフェミニズム

そしてもう一つ、今作で際立つのが女性キャラクターの描き方である。特にメインキャラクターの1人、ソニア・ブレイドはがっつりフェミニズムの文脈で描かれてると思う。

ここでモータルコンバットへの地球側の出場資格の説明をするが、モータルコンバットには龍のアザが身体のどこかにないと出場できないという設定になっている。そのアザを手に入れるには、生まれつきアザを持っているかアザを持っている人間を殺して奪うかのどちらかだ。アザを手に入れ更に自身のアルカナを目覚めさせると、目からビームが出たり火の玉が出せたりと、なんかすごい能力が使える様になる。

そしてソニアは地球側のメンバーの中で唯一アザを持っていないキャラクターだ。であるが故に、彼女は体術においては元々かなり強いにも拘らず、アルカナを目覚めさせる為の修行には参加できず闘技場を後にする。このあたりの流れはガラスの天井を思わせる展開だし、それを突き破っていく彼女のラストファイトは本当に熱い。

更にソニアには確固とした倫理観や真っ当な優しさがあり、意思を突き通すだけの強さがあり、それらが彼女の性別と特に結びつけられることなく描かれている。そしてお約束のようにソニアが誰かと恋に落ちるというような描写も無い。また彼女だけではなく、主人公コールの配偶者アリソンと娘のエミリーの描き方も決してステレオタイプになっていなかった。

映画全体としてはたまにうわ……という台詞はあるのだが、そういう台詞はクズ野郎が言っていたり(その揶揄台詞のトーンですらかなり調整されてたと思う)その後ちゃんと報復されていたりと、うまくルッキズムやミソジニー方面に流れ過ぎない様な処理がされてたように思う。

冒頭に登場するハルミに関してはそのまま冷蔵庫の女と言われるような描き方だと思うが、これはクライマックスのアリソンとエミリーの描き方でそれを克服する為の布石だと思う。

そして戦闘シーンにおいて女性VS女性の対戦カードだけでなく、女性VS男性の対戦カードが複数用意されているのも良い。ゴア描写が売りのゲームが原作の作品として、そこを逃げずに描いたのは素晴らしいと思う。

忘れてはいけないのが女性キャラクターの衣装だ。アクションシーンがある女性キャラは全員スカートではなくパンツスタイルだし靴はヒールじゃないのだ。

本作には翼を持ち飛び回るニターラという女性キャラが登場するのだが、地面を踏みしめずに戦う彼女ですらパンツスタイルで足元はヒールじゃないゴツいブーツなのを確認したとき、私は思わず拳を握りしめた。

ゲーム中には露出が多い女性キャラもいるのだが、映画においてそこは踏襲されておらず、過度な露出も無い衣装なのだ。うれしい、ほんとうにうれしい。女性も皆、客体として描かれるんじゃなくて主体を持ったキャラクターとして描かれてるんだよ。

父親役のブレイクスルーともなり得る、主人公コール・ヤング

今作の特異点をある意味象徴するようなキャラクターが主人公、コール・ヤングだと思う。私は、彼は男性主人公のブレイクスルーとなるんじゃないかと思う。

それはなぜか。

彼はアクション作品の主人公で格闘家で更には父親でありながら、ホモソーシャルはおろかマチズモにも捕まっていないように見えるからだ。

彼はかつては強かったものの今は負けが込んでいる格闘家であり、子供の前で自分が負ける姿も見せている。ともすれば、自身の情けなさに家族に当たり散らしたり関係がぎくしゃくして描かれがちなキャラクターだと思う。

でも彼は当たり前のように家族とは仲が良くお互いの愛情を疑っていない。マチズモの世界では負け続けていてもそのことによって家族内で浮いていたりしないのだ。ちゃんと親として家族という共同体に当たり前に参加している。

それによりコールは、父親キャラクターがマチズモに染まっていなくても、家庭の中で機能不全に陥っていなくても、主人公足り得るということを私たちに示した。コールはゲームに登場しない今作の映画オリジナルキャラクターなのだが、彼を主人公に据えて大正解だったと思う。

こうして見てみると今作は、アジア人が、女性が、主体性を取り戻す映画になっていると思う。そしてそれは、俳優や監督のインタビューを読む限り偶然ではなく、狙ってそう作られたのだろう。

世界中にCOVID-19が蔓延しアジア人へのヘイトクライムが問題になっている今、今作が公開された意義は大きいし、私たち観客がこうやって当たり前に楽しめる作品は決して無自覚に作られるわけじゃない。

と、ここまでモータルコンバットのことを褒めちぎってきたわけだが、決して欠点が無いわけではない。

ここまで述べてきた話や、キャラクターの感情の追い方やそれを見せる為の伏線なんかは割と丁寧に拾っているが、大きな話の流れになると途端に処理は雑になるし整合性は力技だ。シーンは昼間だったはずなのにいきなりキャラクターがでっかい夕日を背負って登場したりするし、「1対1でやれば勝てるよ」はみんなスクリーンに向かって突っ込んだと思う。

ただ整合性が置き去りになってくると画の力と勢いで全力でうっちゃりにくるのと、浅野さんのキャラクター性のおかげで何となく納得させられる作りになっている。

プラス、出てくるアジア人が中国ルーツと日本ルーツだけというのは偏りだと思うし、地球側の父権的な存在がどちらも日本ルーツで、相対する魔界側がどちらも中国ルーツというのも不均衡さを感じてしまう。

あとかなり薄めの味になるように調整はされていたものの、今、血統や血縁の話に収斂させるのは個人的にはちょっとなと思う。ただこれに関しては、私の情緒を乱しまくっていった2人のニコイチの関係にしろ、公式激推しの2人の殺し愛ともいえる関係にしろ男女の友情にしろクズ系キャラの腐れ縁にしろ、血縁だけじゃなくかなり意図的に様々な形のリレーションシップを描こうとしていたとは思うので、括弧付きの懸念ではあるが。

ただ、予算が沢山ある超ビッグバジェットの作品でもない今作で、アジア人の描写や女性描写に限られたリソースをしっかり割くと判断されたことがまず嬉しいし、それらの課題は次作や『モータルコンバット』を経ることで作られる別の作品で解決されていってほしい。

全ての課題を1作品で網羅することは流石に難しくても、今作で漏れたそれらの課題を解決した別の作品が見られるなら、それは結果的にアジア人のリプレゼンテーションのバリエーションが増えることにつながるのだ。そうやって世界が豊かになっていってほしい。

本当にいろいろな意味で、『モータルコンバット』を経た景色はそれ以前と決定的に違ってしまった。そして私はその変化を心の底から嬉しく思う。なぜなら、『モータルコンバット』を見た後は世界に少しだけ希望を持つことが出来るから。

(※1)https://www.gamebusiness.jp/article/2021/07/27/18879.html

(※2)https://www.gamespark.jp/article/2021/04/26/108121.html

(※3)https://deadline.com/2021/04/mortal-kombat-hbo-max-record-viewership-samba-tv-1234744310/

(※4)https://www.latimes.com/entertainment-arts/movies/story/2021-05-08/mortal-kombat-joe-taslim-martial-arts-action-star?_amp=true

(※5)https://www.cinemacafe.net/article/2021/05/19/72883.html

執筆=smc

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