「民族衣装可愛いね、で終わりたくなかった」 写真家・齊藤幸子さんがクルドの若者を撮る理由
世論の反発を受け、出入国管理法(入管法)改正案が廃案に追い込まれたことは記憶に新しい。その際に、注目を浴びた人たちがいる。埼玉県川口市に約2000人規模のコミュニティを持つ、在日クルド人達だ。
クルド人はトルコ・イラン・イラク・シリア・アルメニアの国境地帯に居住する中東の先住民族で、「国を持たない最大の民族」と言われている。
彼らはトルコ政府からの弾圧を逃れ、90年代初頭から日本に移り住んできたとされるが、日本政府は今までクルド人を1人も難民認定していない。安定した在留資格を持てず、やむなく就労や健康保険の加入ができない「仮放免者」として暮らす者も多い。
そんな日本国内で暮らすクルド人を撮り続けるのは、先日写真アワード「Portrait of Japan」でグランプリ(片山真理選出)を受賞した写真家の齊藤幸子さん。クルドの人々を撮るようになったきっかけや、写真を撮る上での葛藤について聞いた。
「フィルター」をかけて撮りたくなかった
――日本に住むクルドの方々を撮るようになったきっかけを教えてください。
5年くらい前に、ヨーロッパへの難民が増えた時期に難民問題への関心を持ちました。でも、写真作品として撮ろうとは思っていなくて。実際に撮ろうと思うようになったのは、2018年に川口で行われたネヴロスというクルドのお祭りに参加してからです。
定住している人たちなので日本語を話すことは予想していたのですが、思った以上に日本の文化に馴染んだ言葉遣いをする人が多いことが印象的で。当時はDA PUMPのUSAが流行った時期だったので、子どもたちがそれを歌っていたりだとか。
無意識に持っていた「困っている外国人」像を覆されて、もっとクルド人のことを知っていきたいなと思ったんです。
――齊藤さんの作品は、クルドの若者たちが川口の風景の中で佇んでいる様子が印象的ですよね。
難民や移民となると、自分とは異なる人、というフィルターをかける人が多いと思うんです。クルドの人が多く暮らす蕨(埼玉県)を、“ディープな場所”というか、スラムツーリズム的な観点で取り上げている記事も多くて。「ワラビスタン」とよく言われていますが、その呼び方にも違和感があります。そういった表現は嫌だし、そうじゃないことをやろうという気持ちがあります。
『彼らの私生活に近づいて撮るべき』と言われることもありますが、日本文化とは異なった様式で生活している人もいるので、そうすると彼らの「生活、文化」にフォーカスするような作品になりかねない。しかし、私は「生活、文化」を撮ることには消極的です。クルド人の文化は素晴らしいですが、彼らを文化で切り離すようなことをしてしまうと、日本社会の一員だということが伝わらないじゃないですか。
「床で食事するんだ、面白いね」とか「民族衣装可愛いね」で終わってしまう写真だと、問題提起ができなくなってしまう。川口の地にいかに馴染んでいるか、根づいているかを伝えるために、意識的に街の風景を入れてポートレートを撮っています。
若者を中心に撮る理由
――若者を中心に撮られているとのことですが、なぜ若者を?
大人たちも、国に帰ったら命の危険がある人もいっぱいいるし、大変な境遇の人たちですけど、子どもたちは7歳、8歳という年齢で来日して、言葉がわからないながらも一生懸命勉強して、日本で進学したいと思っているのにそこで「国に帰れ」って……普通におかしくないですか、っていう。
今年3月に下北沢で開催された「プンクトゥム:乱反射のフェミニズム」というイベントで発表した展示も、普段から交流がある少女の写真を撮ったあと、彼女が「トルコに帰らなければならないかもしれない。けれど私は絶対日本にいたい」という心境を語ってくれた時の、私自身の無力感みたいな感情がきっかけになったものです。
――写真を撮る際の、本人たちの反応はどうですか。
「もっとクルド人のことを知ってほしいから、是非」とは言ってもらえますし、撮影時は楽しい時間を過ごしています。冒頭の後ろ姿の少女を撮った日も、昨年ですが、純粋に楽しい夏の思い出として心に残っています。でも、実際どうかなあ。やっぱり不安に感じることもあるんじゃないかなあと思うこともあるし。
彼女たちをラベリングして撮りたくないと思う反面、どうしても写真を発表するときには文脈が必要です。彼女たちを苦しめている「属性」があるとするならば、逆に私の写真がそれを強調する可能性もあります。
私の作品として撮るので、私の自己実現も入ってなくはないわけじゃないですか。100%彼女たちのためになるわけではないだろうし、彼女たちを傷つけてしまうかもしれない。 表現だからといって特別に許されることなんて、ないと思うし。いまだにそこは葛藤としてあります。
「いや、今ここで起きてる話だよ」と
――作品への反応に、何か思うところはありますか。
私の写真を見た人に「日本人も、世界のことに目を向けなきゃね」という感想をもらって、「いや、今ここで起きてる話だよ」と心の中でツッコんだことがあります。多くの日本人にとって、外国人の問題は“(外の)世界”のこと、という認識なんですよね。
川口では、クルド人の女の子と歩いていると、その子の日本人の友達がすれ違いざまに「よ!」って挨拶してきたりとか、日本人の子どもとクルド人の子どもが遊んでいる、という風景が当たり前にある。当事者が近くにいるか、いないかの問題かなとは思いますが。
――具体的な顔が思い浮かぶかどうか、というところなのかもしれないですね。
そうなんですよ。だから、やっぱり私は難民・移民という言葉を使わずに、顔が全て見えずとも、個人であることがわかるような写真と語りを出せていけたらと思うんです。
――先日、写真アワード「Portrait of Japan」でグランプリを受賞されましたが、受賞した写真からもそのような意図を感じます。改めて、受賞作品について教えて下さい。
この写真は、昨年開催された「第22回 写真 1_WALL展」でも展示していて。また今年6月に開催した川口でのイベント「在日クルド人の現在 2021」のメインビジュアルにもなっています。新聞にも掲載されたことがあり、もう世間に出回っている写真でした。それでも、こうやって評価につながることはこれがはじめてなので、純粋に嬉しいです。
その反面、さすがにもう、この写真に頼るのはやめて、まとまった作品を作らなきゃなあ、という気持ちにもなります(笑)。被写体の彼女とはつかず離れずの関係性ですが、ともに過ごした時間も長く、成長をこの目で見ています。彼女の写真がこうやって「日本を形づくる人」として東京の街に掲示されるのは、とても感慨深いです。
8月16日(月)から8月29日(日)まで、渋谷駅バスのりばのサイネージなど、渋谷周辺エリアに設置された屋外サイネージに受賞作品が流れるので、もしよければぜひ見てみてください。
――今後は、どのような取材を予定していますか。
今、クルド人の大人にも取材しています。いろいろな立場の人に取材していますが、やっぱり一番最初、90年代に来た人たちは本当に苦労してるんです。
今もそうですけど、クルド人男性のほとんどが解体業に従事しています。関東近郊の綺麗な商業施設は、実は彼らが身を危険にさらして仕事してきたことの上に成り立っているんですよね。もっと多くの人に知って欲しいことです。
先の東京オリンピックでも、日本での難民申請を希望したウガンダの選手に対する対応の未熟さが話題になりました。今年3月に名古屋入管で死亡したスリランカ女性の死の詳細や原因は、いまだにはっきり公表されていません。「入管法改悪案」も、また秋の国会で提出される可能性があります。
まだまだ問題だらけですが、春の廃案は、一人一人が声をあげたからこその結果だと、希望が持てたのも事実です。ほんと微力なんですが、私は私なりの表現方法で、クルド人や、同じ境遇の移民、難民の方たちの存在を知ってもらえるように、活動を続けます。
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取材・執筆=妹
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